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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)1956号 判決

原告 西村豊七

右訴訟代理人弁護士 伊藤徹雄

今泉善弥

被告 北部信用組合

右代表者代表理事 斎藤重朝

右訴訟代理人弁護士 藤井英男

玉浦庄太郎

右訴訟復代理人弁護士 熊本典道

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

一、原告

「杉山喜代太郎が被告に対し昭和四〇年八月二七日なした五〇〇万円の債務弁済の全額および同年九月三〇日なした一五〇〇万円の債務弁済のうち三〇〇万円に相当する部分を取り消す。被告は原告に対し八〇〇万円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および金員支払部分につき仮執行の宣言。

二、被告

主文同旨の判決

第二、原告の主張

一、原告の杉山喜代太郎に対する債権の存在

原告は昭和三七年七月六日杉山喜代太郎に対し八〇〇万円を弁済期同年末利息の定めなく貸渡し、右弁済期はその後昭和四〇年九月一二日に変更された。

二、杉山の詐害行為

(一)  杉山は昭和三七年七月一二日第三者から別紙目録記載の土地建物を買い受け所有権を取得し、同一記載の建物につき同月一九日、同二記載の土地につき同年八月二一日、いずれもその旨の所有権移転登記を経た。

(二)  被告は当時杉山に若干の金員を貸与し、当時および将来にわたり発生すべき金銭債権担保のため右土地建物につき債権元本極度額五〇〇〇万円等とする根抵当権の設定を受け、同年九月二八日その旨の根抵当権設定登記を経た。

(三)  杉山は昭和四〇年八月二六日合資会社木村屋旅館(以下木村屋という)に右建物を売却し、同月二七日その旨の所有権移転登記を経、ついで同年九月一五日山崎康平に右土地を売却し、なお登記簿上の所有名義のみはすでに昭和三九年一二月一四日杉山から被告に変更されていたので、右売買に伴う所有権移転登記は昭和四〇年九月三〇日被告から山崎に対して行なわれた。前記根抵当権設定登記は抹消されないままであった。

(四)  木村屋及び山崎は右代金総額五〇〇〇万円のうち、同年八月二七日ころ五〇〇万円、同年九月中旬ころ一五〇〇万円、同年一二月一日ころ二〇〇〇万円、昭和四一年七月二五日、同年一二月二五日各五〇〇万円を支払った。

(五)  ところが杉山は右のうち昭和四〇年八月二七日取得した五〇〇万円、同年九月中旬ころ取得した一五〇〇万円、同年一二月一日ころ取得した二〇〇〇万円の一部をもって、その被告に対する前記抵当権付元利金債務の一部である二二八六万九一四五円を弁済した。

(六)  杉山は当時右土地建物のみを所有していたからその売却代金五〇〇〇万円は同人の唯一の資産である。

しかも杉山は原告以外にも次に掲げる者からその記載のような金銭債務を負担していた。

今村正隆   借入金     三一〇万円

鎌田商店   陶器類代金    七〇万円

坂本乙造商店 漆器類代金    四〇万円

電話交換機代金  二〇万円

丸山商店            七〇万円

木曽商店   食料品代金   二〇〇万円

魚為     魚類代金     二五万円

某      クリーニング代金 一二万円

某      旅館あっせん料  三〇万円

東商信用   借入金     二五〇万円

税金、従業員給与、親戚からの

借入金合計         約二〇〇万円

(七)  よって右弁済は詐害行為構成する。

三、杉山の悪意

被告は杉山から、右売却代金を取り立ててこれをもって全債権者に公平に分配弁済すべき旨の委任を受けながら、売主から右代金を取り立てるや杉山と通謀して直ちに被告自身の債権の弁済にあてたものであって、もとよりかような弁済は債権者を害し、杉山は弁済に当りこのような事情を知っていたものである。この場合被告の優先弁済権よりも、委任の本旨である公平な分配の理念が優先すべきである。

四、結論

よって杉山の右弁済行為のうち原告の債権額八〇〇万円に相当する請求の趣旨記載部分を取り消し、原告に右八〇〇万円を支払うべきことを求める。

第三、被告の主張

被告の主張一は不知、同二(一)のうち登記を経たことは認め、その余の事実は不知。同二(二)は認める。被告が杉山に貸与した金額は約四三〇〇万円である。同二(三)中建物の売買および土地建物の登記関係は認めその余の事実は不知。同二(四)は不知。同二(五)は争う。右建物売買が右根抵当権付で行なわれたので、買主である木村屋は抵当権者である被告の請求により右抵当債務の一部二二八六万九一四五円を支払ったものである。かりに原告主張のように杉山が被告に弁済したとすれば、被告に属する抵当権付債権の弁済であるから、一般債権者を害する余地はない。同二(六)は不知、同二(七)は争う。同三は争う。

第四、証拠≪省略≫

理由

一、原告の杉山喜代太郎に対する債権の存在

≪証拠省略≫によれば、原告は昭和三七年七月六日杉山喜代太郎に対し八〇〇万円を弁済期同年末の約定で貸与し、右弁済期はその後昭和四〇年九月一二日に変更されたことが認められる。

二、杉山の弁済行為

≪証拠省略≫によれば、杉山は昭和三七年七月一二日田辺喜一郎からその所有にかかる別紙目録一記載の建物を、同年八月二一日小林義雄からその所有にかかる同二記載の土地を買い受け所有権を取得したことが認められ、右土地建物につき原告主張のように杉山のため所有権移転登記を経たことは争いがない。

≪証拠省略≫をあわせれば、被告は昭和三六年ころ杉山に一五〇〇万円と二〇〇〇万円とを貸与し、その後も金銭を貸し付け、昭和四〇年九月ころ元本残額は四三三二万余円、これに対する昭和三九年四月分以降の延滞利息損害金は合計約八六六万円に及んでいたこと、被告は昭和三七年九月二八日杉山が被告に対し現に負担しおよび将来負担すべき金銭債務担保のため右土地建物に債権元本極度額五〇〇〇万円の根抵当権の設定を受け同日その旨の登記を経たことが認められる(杉山が被告から金員若干を借り受け右根抵当権を設定しその旨の登記を経たことは争いがない。)。

≪証拠省略≫によれば、杉山は昭和四〇年八月二六日木村屋に右土地建物、電話加入権、水源地借地権およびその附帯設備、入漁権、什器備品を代金五〇〇〇万円をもって売却したが、杉山はその際右土地建物に対する抵当権、国税滞納処分による差押等の登記の基礎となった抵当債務、滞納租税等を自ら弁済しこれらの登記を抹消させる旨約したこと、右代金額は右土地建物にかような負担がない場合の時価土地二六〇〇万円建物二四〇〇万円に相当して定められたこと、同月二七日右建物につき買主木村屋のための所有権移転登記を経、右土地については杉山および被告においてすでに杉山の債権者からの追及を恐れ被告所有名義に仮装変更していたので、同年九月三〇日被告了解のもとに木村屋の代表者である山崎康平のため所有権移転登記を経たこと、木村屋は右代金五〇〇〇万円を分割し、杉山の代理人である被告に同年八月二七日限り五〇〇万円、同年九月三〇日限り一五〇〇万円、同年一一月一〇日限り二〇〇〇万円、同四一年二月一五日限り五〇〇万円、同四一年七月一五日限り五〇〇万円を支払う旨約し、そのように支払ったこと、杉山は右第一ないし第三回の分割代金受領とともにこれをもって当時被告に対して負担する右抵当元利金債務の一部二二八六万九一四五円を弁済したことをいずれも認めるに足りる(右のうち建物の売買、土地建物の登記関係は争いがない。)。

≪証拠省略≫によれば、右売買契約書上被告が右土地の売主として表示されていることを認め得るが、右は前記のように杉山所有の右土地につき被告が登記簿上所有者と仮装されている関係上とられた仮装の措置と認められるから、右≪証拠省略≫は右認定の妨げとならず、その他右認定を左右すべき証拠はない。

三、詐害行為の成否

債務者がその所有する抵当権付不動産を、抵当権が存在しない場合の時価相当額で売却した場合、その売得金は一般債権者の有する債権の引当となるから、これをもってする弁済は一般財産の減少を招くが如くであるが、もともと抵当権付不動産はその抵当権不存在の場合の時価から抵当債務額を控除した残額に限り一般債権者の債権の引当となるべきものであるから、債務者が右時価相当の売得金をもって抵当債務の弁済にあてれば、右弁済は不動産の価格中一般債権者の債権の引当部分を何ら減少させないわけである。従って右弁済は詐害行為にならない。そうでないと競売手続において抵当債権者が弁済を受ける場合は全然詐害行為取消権の対象とならないのに、一般債権者にとってこれと同視すべき前記弁済は詐害行為となりうることになって、その均衡を失するからである。

これを本件についてみれば、右五〇〇〇万円の売得金中には抵当権の目的物でない電話加入権等が含まれてはいるがそれらの価格は≪証拠省略≫によってもこれを認め難く、少くともこれらを控除した本件土地建物の代価相当部分は、その時価にかんがみ五〇〇〇万円に近いものというべく、杉山が弁済した前示二二八六万余円はこの部分から支出されたと推認すべきである。従って杉山は抵当不動産の時価相当の売得金中から抵当債務を弁済したにとどまるから、右弁済は前示の理由により、詐害行為であるとはいえない。

四、むすび

よって原告の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 沖野威)

〈以下省略〉

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